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緩和ケア 1.

11月14日
ホスピスへ転院。父はガンセンターを出る時にお世話になった看護士さんや先生の顔を見て「お世話になりました」と涙を流した。本当に名残惜しそうな表情をみて看護士長さんが「かわいそうになるけれど」とポツリと漏らした。
私はこのときこの涙をホスピスの皆さんにも流す事ができるよう願っていた。

寝台タクシーで移動をしたけれど、車に揺られて嘔吐したり気分が悪くならないかと体調を心配していた。しかし思ったよりは安定していて、直ぐに落ち着いた様子だった。
主治医が顔を出してくれて、父は笑顔で答える事はできたが新しい環境で不安なために母に一緒にいて欲しいと言ったため、2日間父の病室で泊まった。翌日、おトイレに行きたくなりナース・コールを呼ばずに父と母で頑張ってトイレへの移動を試みたらしいが、体力の落ちた父にはこのトイレまでの移動が堪えたらしい。結局ナース・コールを呼んだ。しかし余程父は疲れたのか少し嘔吐し、言葉を発する元気も無くなっていた。

私もこの新しい環境に慣れていないし、父がやはりガンセンターがいいなんて思わなければいいがと、心配をしていた。しかし、ここでは看護士さんたちは父に使う時間がとても長く、父の様子を「どうですか?」「何かお手伝いする事はありますか?」と優しく声をかけ、時に励ましてくれる。しかし父はそんな態度にも無愛想で、言葉も出さず首でうなずくだけの返事しかしない。

11月16日。早速愛犬を連れてホスピスへ。家族全員で夕飯を食べた。父は愛犬の顔を見て久しぶりの笑顔を見せ穏やかな時間を過ごした。愛犬たちは父より大喜び。看護士さんたちがとても可愛がってくれるからだ。特に「かわいい」という言葉を知っている2匹は尻尾フリフリで愛想を振りまいている。私も愛犬たちを留守番させるよりはここで一緒にみんなでいた方が安心できる。

11月17日。同じように愛犬を連れて家族全員で夕飯。父は美味しそうな匂いにも反応は無く、食べたいという食欲は全く無いと実感。

11月18日。部屋に着くと父は痛みを我慢している。看護士さんにお願いして痛み止めを処方してもらうが、飲み薬と座薬のどちらが良いかと父に聞いている。しかし父は痛みで答えるより先に痛み止めを早くしてくれ!!!という表情。おトイレの時も感じたがここではかなり先生や看護士さんたちに遠慮をしているようだ。何度も父には「困ったら直ぐにナース・コールを呼んで」と言うのだが、新しい環境で戸惑っているようでもある。

11月19日。看護士さんが体を拭いてくれると言うのに首を横に振る。口を「へ」の字にして全く笑顔も見せない。「いらんと言っただろ!!!」と私が「体は拭かなくていいの?」と聞いた時に怒鳴った。いい調子だ。元気があるという証拠だと思っておこう。しかし愛嬌が悪く扱いにくい患者と思われているに違いない。
夜は何時でも出入りが可能なのでその辺はありがたい。痛み止めに点滴から入れるボルタレン系のお薬を追加して父の痛みが取れるのを確認したら、すでに10時を過ぎていた。しかし、その後少し父と会話をしたりして病院を出たのは11時だったが、時間を気にしなくていい。

11月20日。不思議な事に父の痛みはガンセンターにいた頃より出る回数が少ない。いつもは殆ど毎回痛み止めのためにナース・コールを呼んでいたがここに来てからは2度だけ。
父の弟夫婦、娘が見舞いに来てくれた。その時に主治医が痛み止めの説明に来てくれた。弟と楽しそうに会話をする父を見て「ここに来てからそのような笑顔を見たのは初めてです。とてもいい笑顔ですね」と声をかけてくれた。当たり前のように愛犬たちも一緒だったが、布団の上で父と一緒に寝ている愛犬に「良かったね」とも言ってくれた。
痛み止めの説明は「眠気がとても強くここの所眠っている事が多いし、語りかけてもあまり反応が無い。アンベック座薬(モルヒネ系)で割と痛みが治まる。ディロテップ・パッチの量からするとアンベック座薬20ミリで効果は無いはずなのに、現時点で痛みが治まるのが不思議なためパッチを減らしてアンベック座薬を一日3回定期的に使ってみたい。効果があれば眠気も少し治まる可能性があるだろう。それと併用して神経系の痛みであればそちらに効果のある痛み止めも試しながら副作用を少なく抑えて効果の上がる薬と量を探して行く」との説明を受けた。
この日も夜11時ごろまで部屋にいて、看護士さんと色々話をする機会があった。殆どここの看護士は希望してホスピスで働いている、との事。大きな病院で働いた事もあるが一人一人の患者さんに声をかける時間が非常に少ない。ここでは時間を割いて患者さんと会話が出来るし「どうですか?」と一人一人に声をかけることが出来る。そういった看護をしたいと願っていたとのこと。確かに「どうですか?」「気分は?」「体拭きましょうか?」「おトイレはいいですか?」などと頻繁に声をかけてくれる。検温の時間は無いので寝ていても起こされることは無い。熱がありそうならおでこに手を当てて「大丈夫かな?」と声をかけてから検温する。ナース・コールは押した時にスピーカーから答えることは無い。コールを押したら部屋に「どうされました?」と来てくれる。
看護というのは「気分はどうですか?」という気持ちから始まるものなのだと感じた。
しかしどういうわけかいまだに父は看護士さんにも主治医にも笑顔が出ないし、愛嬌も悪い。
今日までの間に父は、嘔吐(血の混じった)もしていないし、痛みも大分緩和されている気がする。愛嬌の悪い父に対して看護士さんはあきらめることなく「どうですか?」「何かお手伝いする事は?」と声をかけてくれる。私ならこのような憎たらしいおじさんは相手にしなくなるに違いないが、本当に頭の下がる思いだ。
11月21日。やはり寝ている時間がとても多い。しかし夕方になると頭がはっきりしてくるようだ。私は事故の後遺症なのか体調が悪くなったのでついでに隣の病院の整形外科で受診。その時に今までボーっと寝ていたはずの父が「早く行かなくていいのか?」といきなりはっきりした言葉で話し出した。「いいよ。ここにいると呼んでくれるから」と答えると「じゃ、水を飲みたいな」と言い又ウトウト眠り出した。何だ???

私も少し環境に慣れたので、ホスピスの中を探検。手作りの物がとても多い。カイロのカバーやドア・ストッパー等に温かみを感じるように配慮してある。お花も希望すると部屋に届けてくれる。私なら喜ぶが父は興味ナシ。。。。
毎日ボランティアの方たちが、3時にお茶を入れてくれる。患者はもちろん、身内でも頂ける。そして割ったらどうしよう、と思うほど素敵なカップでお茶を入れてくれるので、今ではちょっとした楽しみになっている。しばらくは売店のコーヒーやジュースで間に合わせていたので、ホット一息つくにはとてもいい。そして本当ならお茶の相手になるはずの父は寝てばかり。一人のティー・タイムを楽しもう。。。。。ちなみに今日はお抹茶にした。
庭に咲いた花もボランティアの方たちが植えたもの。が、愛犬たちがちょこっと踏んだ。ごめんなさい。
囲碁や将棋の相手にもなってくれる方もいる。
ティー・ルームの一角にもお花が生けてある。季節感の無い病室に長くいるよりは生きているという実感につながっていくと思う。

11月22日。父の病状の説明が主治医からあった。「貧血がすすんでいるので吐血、下血をした時には状態は深刻になる可能性がある。そのため予備的に輸血を考えます。血液検査の結果からしても肝臓の方の数値は前の数値のところで留まっており、悪化しているというより停滞しているのではないか?ただし全身状態は徐々に悪化しているので楽観は出来ない。これからの事としては、発見された時にはW期の胃癌であり、通常で言うならその時点で「数ヶ月」と判断するがすでに1年近く経過している。抗がん剤が効果があったとしてもここまでは予測出来なかったであろうし、前の主治医の先生も予測不可能であっただろう。8月の抗がん剤が最期であると考えてもやはり今の経過は予測できなかったと思う。今後も普通であればお正月は無理と予測するのが適当だが、正直言ってその予測は当てはまらない可能性もある」との事だった。そして、全く動けないという程全身状態は悪いとは言えない。普通ならおトイレにも自分で行く気力や外に車椅子であろうと出てみたいと思ってもいい。むしろ動きたくないし、何もしたくないのではないか?その辺りは精神状態が大きいのではないかという話が出た。生きる事をあきらめてしまった状態にも取れるようだ。確かに痛みも、嘔吐の回数も減っているし苦痛は軽減されている。しかし、ガンセンターにいた頃よりかなり悪化したように見える。全身状態が悪くなっているという事を差し引いても、もう少し何か気力があってもいいと私もおもった。が、私は思い当たる事がある。父はガンセンターを去る事に不満や不安を抱えていて自分が決めたとはいえホスピスに移ったことに納得が出来ていない。もうここで死を待つのだという、あきらめの気持ちが大きいのではないかと思う。先生も多分そうでしょう、と言った。そしてせっかくここに来たのですから、時間を有意義に過ごせるように努力したい、と言って下さった。
愛嬌が悪いのもそういった気持ちが現れているのだろう。「どうせ・・・」みたいな物を感じる。しかし、看護士さんと少しだけ世間話をしたらしい。そして先生に過去の自分の病状を説明したという。少しだけ気持ちの奥底で変化が芽生えはじめたかもしれない。
こうして、精神的な部分をもケアしてくれるのは本当にありがたい事だと思う。今まではKK主治医に信頼を寄せ、ガンセンターで治療を受ける事が出来るという安心感を持っていた。しかし、環境は全部変わった。新しい主治医に新しい看護士、そして新しい病室。父にとってはこの時点から新しい信頼と環境に慣れるように気持ちを直ぐに切り替えるという事は難しい。そんなかたくなな父に対し熱心にそしてあきらめることなく「充実した時間を」と看護してくれる。父の気持ちが和らぐのも時間の問題だと思う。

父がそろそろ環境に慣れるはずだと思っていた。しかし、いまだに眉間にしわを寄せ殆ど会話をする事も無く、看護士さんの語りかけにも狸寝入りをして返事をしようとしない。ベッドを起こすことすらしないし、テレビを見るとか新聞を読むなども全くしない。ひたすらベッドの上で横になり、眠っている。しかし、体を拭いてくれた看護士さんが「横になるときなどはとても動きが機敏ですし、力もあるようですから、動こうという気持ちが少ないだけだと思います」と教えてくれた。
父がここへ来てから一度も部屋の外に出たことが無い事に気がついた。父の気分を少し変えるためにもいいし、本当に動く気が無いのか「車椅子で散歩をしよう」と父を誘ってみてその答えで判断をしようと思った。すると父は「いいぞ」と答える。車椅子なら散歩をしてもいいと言うので看護士さんに頼んで連れて行ってもらった。すると、車椅子での父は自分で上半身を起こし、外を見たり、看護士さんと会話をしたりし始めた。そこには無理は感じられない。
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